ちょっと立ち話 | 手塚治虫より(21世紀の君達へ) | 2001/1

「ガラスの地球を救え」(21世紀の君達へ)・・・・著者:手塚治虫 (光文社)

§宇宙からの眼差しを持て・・(抜粋)

宇宙ステーションは、宇宙コロニー、つまりいわばひとつの独立した村です。
いや、国といったほうがよいかもしれません。
そこに、長年赴任していれば、カップルも産まれるでしょうし、
子供に恵まれることもあるでしょう。
そんな子供は、生まれた時から地球を目の下にみおろす、
文字どおり宇宙人なわけです。

生まれながらに、地球という天体を外から眺めながら育った子供達は
その天体に棲む何十億という人間を、
万物の霊長だとは見ないにちがいないとおもいます。
きっと他の無数の生き物と同等に、一介の生物として考えるでしょう。
その地球を、乱開発したり荒廃させたりという人間のエゴイズムを
彼らは黙認しないと思うのです。

実際、アメリカの宇宙飛行士たちの多くが、月面から、宇宙から、
地球を初めて眺める事によって、
いかにそれまでの自分の人生観が変わったかを述べています。
科学の最先端にいた彼らが、神を感じたり、伝道者になったりもしています。
宗教はともかくとして、
彼らが、暗礁の宇宙にぽっかりと浮かぶ青く輝く地球を見た時、
そのかけがえの無さに打たれたのではないでしょうか。

大宇宙の孤独に耐えて、ガラスのように壊れやすく、美しい地球がうかんでいる。
戦争の爆弾の火や、緑が後退して砂漠化が進む荒廃ぶりなど、
まるで自分が神のように眼下にみえてしまう衝撃。
そして、人間のはかなさが手に取るようにわかってしまうのにちがいないのです。

宇宙の果てしない闇の深さにくらべ、この水の惑星の
なんと美しいことでしょう。それはもう、神秘そのものかもしれません。
ひとたび、そんな地球を宇宙から見る事ができたら、
とてもそのわずかな大切な空気や緑、
そして、青い海を汚す気にはなれないはずです。

彼らは生まれながらに宇宙での人間の小ささ、力を合わせていかねば生きられないこと、
そして、人間が一番偉いのではないこと。
眼下の地球に生きる動物も植物も人間も、みんな同じように生をまっとうし、
子孫を産みつづけていく生命体であるのだと、
まっすぐに受けとめることができるように思います。
その時こそ、やっと人類は宇宙の一員になれるかもしれません。

いまの子供たちだって、未来人、宇宙人です。冒険とロマン、宇宙の神秘と謎。
追求すればするほど、ますます夢は彼方へとふくらむのです。

もしも、ぼくが、わたしが、宇宙からの眼差しを持ったなら、
想像の力は光速を超えて、何万何千光年のはるかな星々にまで、
瞬時に到達できるでしょう。
その想像の力こそ、人類ゆえの最高に輝かしいエネルギーなのです。