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ちょっと立ち話 | 元気でいたらきっと・・ | 2006/12


我が家の玄関の靴箱の上には、お正月からクリスマスの飾に入れ替える11月の末まで、その年の干支の置物がずっと飾ってある。 ガラス製であったり、布製であったり様々。
ある時期から毎年お歳暮のお品として送られているもので、なかなかおしゃれな品がそろっている。
厚かましいけれど、12年間贈り物が続いたら干支も全部揃うので、毎年とっても楽しみだった。
今年の干支の戌は、縮緬の布で作られた二個揃いで、べたっと伸びたようなデザインが可愛らしい。 二匹が頬杖をついて話し込んでいる風にも見える。

その贈り物をしてくださっていた奥様、
3年前までは盆暮れのお届けものをご自分で持ってきてくださっていたけれど、その後は、 お店からのお届けになった。ご病気という風の便り
でも時折 買い物などで姿を見かけることもあったので、あまり心にとめないでいたのだが・・・・
癌の再発。 
自宅療養に入られて、「20年ぶりの新婚生活で、 いろいろなところに行って楽しんでいます。」っておっしゃっておられたが、その笑顔にお愛想笑いもできず、 かといって悲しむことも出来ず、身の処し方に困った。
そんなお話をしてから1ヶ月もたたない今年の夏の終わり頃 成人式を前にした二人のお嬢さん、愛妻家を公言するのもはばからないご主人を残され、 容態の急変であっけなく逝ってしまわれた。
享年48歳だった。
年明けの成人式まで、自信が無いからと、今年の5月に撮られたという年子の二人のお嬢さんの振袖姿の家族写真を、私はまともに見ることが出来なかった。
「申し分の無い母であり、申し分の無い妻でした。
もし家内がここにおりましたら、きっと私のそばで一緒に、皆様に深々と頭を下げておりますでしょう。」 そう挨拶され時、私の夫なんぞは、声を上げんばかりに泣いた。

12月に入ってから、戌の置物も片付けてクリスマスの飾りをしようと思ったけれど、
2個の戌がいかにも仲良しそうなので、片付けないでクリスマスの飾り物と一緒において置くことにした。
来年の亥の置物は自分で買わなければいけないと、諦めていたのに・・・
そうしたらその日の晩のこと。いつものお店からのお届けもの
箱を見た瞬間、それが毎年の干支の置物であることは直ぐに分かった。
頂いた”亥”は両手にすっぽりと入るような大きさのガラス製で、透かしにブラウンが入っている。 いかにも男っぽい感じで、残されたご主人が一人でお品選びをされたのだろう。
”家内が元気でいたら、きっと・・・今年もお歳暮には干支の置物を贈ったに違いない。”
そう思われての事だと思う。
これからさき、何かにつけ 「もし元気でいたらきっと・・・・」「もし元気でいたらきっと・・・・」
そう思って過ごされるのだろう。来年も再来年ももっと先も。